AI音声で銀行幹部になりすまし約170億円を送金 WhatsAppから始まった手口とは

イタリアの銀行グループが、詐欺グループの指示を信じ、約9,500万ユーロを海外口座へ送金しました。発端は、親会社の最高経営責任者(CEO)を装ったWhatsAppのメッセージです。その後、弁護士の声をAIで再現したとみられる電話もかかってきました。

約170億円は送金額です。全額が未回収になったわけではありませんが、約3,600万ユーロの行方は分かっていません。事件が起きたのは2026年2月で、9月25日に報じられました。銀行側は個別の取材にコメントしていません。以下の事件経過は、主にReutersが関係者2人に取材した内容に基づきます。

円換算には、欧州中央銀行(ECB)が9月25日に公表した参考レート「1ユーロ=179.70円」を使いました。9,500万ユーロは約170.7億円です。送金時に適用された為替レートや、銀行が損失として計上した額を示すものではありません。

WhatsAppのメッセージから送金まで、何が起きた?

CEOを装ったメッセージに続き、別人の弁護士を装う電話がかかってきました。二つの連絡によって、依頼が本物だと思わせたとみられます。

当時Fideuramの会長だったパオロ・モレシーニ氏に、親会社Intesa SanpaoloのCEO、カルロ・メッシーナ氏から届いたように見えるWhatsAppのメッセージが送られました。急ぎの海外取引に協力してほしいという内容でした。

その後、有力法律事務所の上級パートナーを名乗る人物から電話があり、依頼を裏付けたといいます。Reutersの取材に応じた関係者によると、犯人はAIでその弁護士の声を再現しました。モレシーニ氏は財務部門に指示し、主に中国と香港の口座へ複数回送金させたとされています。

再現されたと報じられたのは、銀行CEOではなく弁護士の声です。CEOになりすましたのはWhatsAppのメッセージでした。メッセージをどう送ったのか、音声の生成にどのような録音素材を使ったのかは、公開情報からは確認できません。WhatsAppのアカウントが乗っ取られたとも断定できません。

約9,500万ユーロを送金、約3,600万ユーロが未回収

被害の規模を見るには、「送金額」「回収額」「なお行方が分からない額」を分ける必要があります。Reutersによると、Fideuramは異常に気づき、各国の銀行と当局に連絡しました。

項目報道された額送金額に対する割合9月25日の参考レートによる円換算
海外口座への送金総額約9,500万ユーロ100%約170.7億円
回収されたと報じられた額約5,300万ユーロ約55.8%約95.2億円
なお行方が分からない額約3,600万ユーロ約37.9%約64.7億円

割合は「各金額÷9,500万ユーロ」で独自に計算しました。9,500万-5,300万-3,600万=600万ユーロとなりますが、Reutersの記事だけでは、この差額がどう扱われたのか分かりません。報道された金額は概数のため、その差も考えられます。「残る600万ユーロも回収された」とは判断できません。

Reutersによると、行方が分からない資金は海外の複数口座を経由し、暗号資産に換えられたといいます。ミラノの検察当局は、欧州外に住む外国籍の人物を捜査対象にしています。モレシーニ氏やFideuramのほかの幹部は捜査対象ではないと報じられています。

独自分析①:声が使われたのは「二度目の確認」だった

この手口では、最初の指示と、それを裏付ける電話を別々の人物からの連絡に見せかけました。CEOを装うメッセージだけなら、不審に思って確認したかもしれません。そこへ弁護士を名乗る人物の声が加わり、取引には第三者も関わっているように見せたと考えられます。

これは公開された経過からの分析で、実際の社内確認手順が明らかになったわけではありません。米FBIの注意喚起も、AI音声を使ったなりすましを警告しています。声が本人に似ていても、それだけで本人確認が済んだとは言えません。

独自分析②:送金を止める場所は「連絡」と「決裁」の間

偽の音声を聞き分けることだけに頼らず、送金先と承認経路をそれぞれ確認する必要があります。次の表は、報じられた事件経過をもとに考えた対策案です。Fideuramが実際に採用していた手順を示すものではありません。

確認方法今回の手口に対する働き限界
届いたメッセージや電話で本人に確認する同じ相手から説明を聞ける相手が偽物なら確認にならない
以前から登録した連絡先へ、こちらからかけ直す詐欺側が提示した連絡先を避けられる登録先の改ざんや転送にも注意が必要
送金先の変更を別部署が確認し、複数人で承認する一人の判断だけで海外送金が進むのを防ぐ複数人が同じ偽情報を見るだけでは足りない

確認には、依頼が届いた経路とは別の連絡先と記録を使います。インド政府の2026年8月の注意喚起も、WhatsAppやメールで緊急の送金指示が届いた場合は、別途本人に確認するよう企業に求めています。ただし、同政府が説明したWhatsApp乗っ取り事件は、今回のイタリアの事件とは別の事案です。

過去のAI詐欺と比べて、今回の特徴は?

今回は、作り込まれた動画がなくても、文章と音声によって高額送金につながりました。使われた媒体は異なりますが、よく知る人物になりすまし、支払いを急がせる点は過去の事例と共通しています。

事例なりすましの方法報告された金額
香港の企業(2024年)上司らを装った偽のビデオ会議約2億香港ドルの被害
イタリアの実業家(2025年)閣僚の声をAIで模倣約100万ユーロを送金。その後回収
Fideuram(2026年)CEOを装うWhatsAppのメッセージと、弁護士を装うAI音声約9,500万ユーロを送金。約3,600万ユーロが未回収

香港の事例は香港政府の答弁に基づきます。イタリアの過去事例と今回の経過はReutersの報道によります。通貨も回収状況も異なるため、表の金額をそのまま「被害の深刻さの順位」として比べることはできません。

独自分析③:大銀行でも「経営全体への影響」と「管理上の問題」は別

送金額は大きいものの、銀行の経営全体にどれほど影響するかは、現時点では判断できません。Intesa Sanpaoloの資料によると、Fideuramを含む事業体の2025年の連結純利益は約16億ユーロでした。送金総額9,500万ユーロは、その約5.9%に当たります。未回収と報じられた3,600万ユーロは約2.3%です。

この比較は金額の規模をつかむためのもので、2026年の利益が同じ割合で減るという意味ではありません。保険の適用、会計処理、追加回収の有無も確認できていません。ただ、高額送金の指示が偽の連絡から生じ得たことは、銀行にとって管理上の検証課題です。

「WhatsAppやAIそのものが原因」と言い切れる?

公開情報だけでは、WhatsAppの欠陥や銀行システムへの侵入が原因だとは断定できません。通常のメッセージや電話でも、相手の名前と声を偽られれば、同様の問題は起こり得ます。今回AI音声が使われたという情報は、Reutersの関係者取材に基づきます。

銀行や弁護士が事件の詳細を公式に説明した資料は確認できませんでした。音声をどう作ったのか、電話番号をどう偽装したのか、社内にどのような承認記録が残っているのかは、現時点では不明です。事件の原因や責任の所在については、今後の捜査と公表資料を待つ必要があります。

読者ができること:声を聞いても送金先は別経路で確かめる

知人や上司の声に聞こえても、急な支払いはいったん止め、保存済みの連絡先へこちらからかけ直してください。個人なら家族への緊急送金、企業なら新しい口座への振り込みや海外送金で、特に注意が必要です。

企業では依頼者の本人確認に加え、送金先口座の変更を別部署が検証する手順を決めておきます。緊急時に通常の確認手順を省く場合も、誰が何を確認し、承認したのかを記録します。異常に気づいたら、すぐに送金元の金融機関へ連絡し、組織内の担当者と当局にも報告してください。

今回の事件では、声の真偽を聞き分ける難しさに加え、本物らしい連絡を受けた後でも、お金を動かす前に独立した確認を挟めるかが問われます。

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参照資料と確認日

公開情報を2026年9月28日(日本時間)に確認。事件についての取材報道と、公的機関・銀行の一次資料を区別して記載しました。独自分析と計算は公開情報に基づきます。

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