台湾がAI半導体を外交カードに 「台湾で作る」から「台湾と作る」へ転換する理由

台湾の半導体産業が、島内に生産を集める「Made in Taiwan(台湾で作る)」から、進出先の企業や政府と供給網を築く「Made with Taiwan(台湾と作る)」へ軸足を移し始めた。きっかけとなったのは、2026年9月2日に開かれたSEMICON Taiwan 2026の経営者討論だ。鴻海精密工業(Foxconn)の劉揚偉会長は、製品が使われる国で台湾企業と共に生産する発想が必要だと訴え、ASE、TSMC、MediaTekなどの幹部も国際協業の必要性を強調した。

背景にあるのは、AI向け半導体の供給不足に加え、米国や欧州が自国内での生産を求める「経済安全保障」の圧力だ。台湾が要求を拒み続ければ、市場や関税面で不利になりかねない。かといって全面的に海外へ移転すれば、自国の産業基盤や交渉力を弱める恐れがある。そこで浮上したのが、台湾の技術・運営力を核に、海外の資金、顧客、材料、雇用を組み合わせる共同生産モデルである。

今回の転換は「台湾から工場が消える」という話ではない。最先端の研究開発と大規模な量産基盤を台湾に残しつつ、海外拠点を同盟国との利害を結ぶ“接点”として増やす二層戦略だ。

何が起きたのか SEMICON Taiwanで「Made with Taiwan」を提唱

「Made with Taiwan」は製造場所を示す原産地表示ではなく、台湾の技術と運営ノウハウを使い、需要国にも雇用・設備・供給安定という利益を配分する構想である。

台湾中央通信社によると、劉氏は、顧客がリスク分散のために生産国の分散を求めており、各国政府も国内で消費する製品を自国で生産するよう求めていると説明した。こうした動きに対応するには、台湾企業が品質、立ち上げ速度、柔軟な生産対応といった強みを海外へ持ち込み、現地市場に近い場所で協業する必要があるとした。台湾中央通信社(2026年9月2日)

需要の強さはTSMCの設備計画にも表れている。同社の侯永清・上級副社長によると、2025年末時点の2026年設備需要予測を「1」とすると、2026年第1四半期後には1.5、7月には1.9へ上昇した。半年ほどで当初予測を90%上回った計算になる。TSMCは台湾で13、海外で5~6の工場建設を同時に進めているが、それでも需要に追いつかないという。

台湾の頼清徳総統も9月1日の「2026晶鏈高峰論壇」で、信頼を起点に協力を進め、そこから強靱性を高め、共栄につなげる方針を示した。台湾総統府は、民主主義と法の支配、安定供給、約束の履行を台湾の信用力として挙げている。台湾総統府(2026年9月1日)

なぜ今なのか AI需要、現地生産要求、外交孤立が重なった

台湾にとって半導体は単なる輸出品ではなく、正式な外交関係が限られる状況でも、米国、日本、欧州と継続的な実務関係を作れる希少な外交資産になった。

転換を促した要因は主に三つある。

  1. AI需要が台湾の増産速度を上回った:AIアクセラレーターには最先端ロジックに加え、CoWoSなどの先端パッケージ、基板、AIサーバーまで必要になる。島内だけで短期間に電力、人材、用地、装置をそろえるのは難しい。
  2. 顧客と政府が地理的分散を求めた:米国は関税と補助金、EUはChips Act 2.0、日本は公的支援を通じて国内生産を促している。発注企業にとっても、台湾海峡の有事や災害によって一地域の供給が止まるリスクは無視できない。
  3. 台湾には国際的な支持を広げる必要がある:海外工場が現地の雇用、税収、大学教育、部材調達につながれば、台湾海峡の安定は抽象的な外交課題にとどまらず、進出先の地域経済にも直結する問題になる。

TSMCの2025年通期売上高は1,224億2,000万ドルで、世界のファウンドリー市場における同社シェアは2025年第4四半期に70.4%へ達した。さらに2026年第1、第2四半期は73%だったとの調査もある。AI半導体の多くを製造する企業がこれほど高いシェアを握っている以上、台湾との協力は各国のAI政策そのものに近い意味を帯びる。TSMC 2025年年次報告書TrendForceCounterpoint Research

「台湾と作る」の中身 米国、日本、欧州で役割が違う

海外展開を一括して「技術流出」と見ると実態を見誤る。米国は最先端の大規模拠点、日本は顧客参加型の共同生産、欧州は車載・産業向けの共同出資というように、台湾は地域ごとに異なる設計を採っている。

地域主な計画技術・用途「台湾と作る」の形台湾側の狙い
米国・アリゾナ総投資予定2,650億ドル。ロジック6工場、先端パッケージ2施設、研究開発拠点N4、N3、N2、A16以下。AI・HPC・スマートフォンTSMCの完全子会社を軸に、米顧客と現地供給網を形成最大顧客市場への接近、関税回避、米台の戦略的利害を固定
日本・熊本JASM第1・第2工場。従来公表の総投資額は200億ドル超車載・産業・民生向けに加え、第2工場では3nm導入を計画TSMCにソニー、デンソー、トヨタが加わる共同出資日本の材料・装置・顧客基盤と台湾の量産力を接続
ドイツ・ドレスデンESMC。総投資100億ユーロ超、ドイツ政府支援50億ユーロ28/22nm、16/12nm。車載・産業用途TSMC 70%、Bosch、Infineon、NXPとの合弁欧州車載市場への接近、EUとの制度的関係を強化
台湾新竹・高雄などで2nm、先端パッケージを増強N2、N2P、A16、将来のA14と研究開発最先端の開発と最大規模の集積を国内に維持技術中枢、雇用、税収、交渉力を保持

出資構造にも違いがある。TSMCの2025年年次報告書では、米アリゾナ法人への出資比率は100%、JASMは73%、ESMCは70%とされる。米国では経営支配を維持する一方、日本と欧州では現地の主要企業を株主として供給網に組み込んでいる。つまり「with」の濃さは地域によって異なる。

なお、対米投資の数字は単純に足してはいけない。TSMCが公表するアリゾナ計画の「総額2,650億ドル」、米台合意に関連して示された台湾企業の「2,500億ドルの対米直接投資」、SEMICON会場で台湾経済部長が述べた「追加200億ドル」は、対象期間が異なり、既存計画と重複している可能性もある。公開資料だけでは重複範囲を確定できないため、「2,650億+2,500億+200億ドル」と合算するのは不適切だ。TSMC ArizonaReuters

独自計算1 工場建設の約7割は台湾、海外移転より「外縁拡張」

建設中の工場数で単純計算すると、TSMCの新設案件の約68~72%は台湾にある。「海外展開=台湾の空洞化」と断定できる数字ではない。

SEMICON Taiwanで示された「台湾13、海外5~6」を使うと、建設中の総数は18~19となる。台湾の比率は、海外6の場合が13÷19=68.4%、海外5の場合が13÷18=72.2%だ。少なくとも件数ベースでは、およそ7割が台湾に残る。

ただし、この計算には限界がある。工場ごとに投資額、生産能力、工程、建設フェーズが異なるため、ウェハー生産能力の比率を表すものではない。それでも、海外だけを増やして台湾への投資を止める構図ではないことは確認できる。TSMC自身も、台湾で2nmと先端パッケージへの投資を続け、海外拠点については顧客の地理的柔軟性と政府支援を条件に拡大すると説明している。

独自計算2 2025年の輸出増加額の約99%をAI・電子関連2分野が生んだ

半導体外交が急浮上した最大の理由は、台湾の輸出成長がAI・電子産業へ極端に集中したことだ。独自計算では、2025年の輸出増加額の約99.1%をICT・映像音響製品と電子部品の2分野が占めた。

台湾財政部によると、2025年の輸出額は6,407億ドルで前年比34.9%増だった。前年額を逆算すると約4,749億ドルとなり、増加額は約1,658億ドルになる。一方、ICT・映像音響製品と電子部品の合計輸出は1,643億ドル増えた。

1,643億ドル ÷ 1,658億ドル × 100 = 約99.1%

丸め誤差を含む概算だが、輸出増のほぼ全てをこの2分野で説明できる。同2分野は輸出総額の74%にも達した。米国向け輸出は前年比78.0%増の1,983億ドルとなり、米国は26年ぶりに中国・香港を抜いて台湾最大の輸出先へ戻った。台湾が米国とのAI供給網を外交の中心に据える経済的な理由がここにある。同時に、AI投資が減速した場合の脆弱性も浮かび上がる。台湾財政部「Annual External Trade Report in 2025」

過去事例 工場誘致だけでなく、資金・人材育成も外交に使ってきた

台湾の技術外交は、TSMCの巨大工場だけで構成されるわけではない。相手国の産業規模に合わせ、投資基金、融資、人材育成、共同研究を組み合わせる点に特徴がある。

米国では、2020年に始まったアリゾナ計画が当初の120億ドルから2,650億ドルへ拡大した。工場単体の計画から、先端パッケージと研究開発まで含む独立した産業クラスターへと変わった。日本では2024年に熊本第1工場が開所し、日本企業が少数株主として参加した。ドイツでは、TSMCと欧州の車載半導体大手3社が共同出資するESMCという形が選ばれた。

一方、リトアニアなど中東欧との関係では、台湾は2022年に2億ドルの中東欧投資基金と10億ドルの融資枠を用意した。その後、チェコ、スロバキア、ポーランド、リトアニア、イタリアから計150人を台湾の半導体研修へ受け入れたと台湾外交部が報告している。巨大工場を置けない国とも、人材育成や技術協力を通じて関係を継続できる仕組みだ。台湾外交部・外交業務報告

競合比較 台湾は補助金競争ではなく「供給網の接続役」を狙う

米国、日本、韓国、中国が国内自給率や生産能力の拡大を前面に出すのに対し、台湾の差別化軸は、各国の不足部分を台湾企業の量産・実装能力でつなぐことにある。

国・地域代表的な政策・投資規模中心戦略台湾との競合・補完関係
米国CHIPS法で約530億ドル。うち製造支援390億ドル最先端製造を国内へ戻し、設計から製造までを強化設計・顧客では補完、国内製造比率では台湾と緊張
日本2030年度までに半導体・AIへ10兆円以上の公的支援Rapidusの先端工程と、材料・装置・車載供給網の再構築先端ファウンドリーでは競合するが、JASMでは相互補完
EU初代Chips Actで官民520億ユーロ超を動員。Chips Act 2.0を提案域外依存を減らし、研究・設計・製造・需要を域内で接続先端製造では台湾依存、車載・装置・研究では補完
韓国従来計画では2047年までに民間622兆ウォン規模の半導体メガクラスターSamsungとSK hynixを軸に、ロジックとメモリーを国内集積ファウンドリーとAIメモリーの双方で直接競合
中国国家集積回路産業投資基金第3期は3,440億元輸出規制下で装置、材料、製造の自給化を加速成熟工程とコストで競合。台湾は「非中国の信頼網」で対抗
台湾TSMCなどの民間投資を軸に、AI新十大建設へ1,000億台湾ドル超最先端製造を国内に残し、海外では国別の共同生産網を形成単独自給ではなく、同盟国の強みを束ねる接続型

金額には公的支援、民間投資、官民合計が混在し、対象期間も異なるため、単純な規模比較には向かない。見るべきなのは資金量そのものより、政策目的の違いだ。EUのChips Act 2.0は先端・主流半導体の域内生産、12カ月以内の許認可、国際的な半導体戦略パートナーシップを掲げている。2026年8月31日には第2回EU・台湾半導体産業対話も開かれ、半導体とAIの協力が議題になった。欧州委員会「Chips Act 2.0」第2回EU・台湾半導体産業対話

反証1 海外生産は台湾の「シリコン・シールド」を弱めないのか

海外拠点が増えれば台湾依存は下がるが、直ちに台湾の戦略価値が消えるわけではない。短中期には、海外の雇用・企業・自治体がTSMCの継続運営に依存し、台湾との利害関係がむしろ増える可能性がある。

従来の「シリコン・シールド」は、世界が台湾の半導体を必要としているため、有事を防ごうとする力が働くという考え方だった。海外生産が増えれば台湾への集中度は下がるため、抑止力を弱めるとの批判には一定の根拠がある。

ただし、工場は建物と製造装置だけでは動かない。歩留まりを上げる工程管理、顧客との設計協業、材料・装置メーカーとの改善、先端パッケージ、熟練人材を一体で動かす必要がある。TSMCは2025年に305種類のプロセスで1万2,682製品を534社向けに製造した。海外の数工場だけで、このネットワーク全体を短期間に代替するのは難しい。

むしろアリゾナ、熊本、ドレスデンに雇用と取引先が増えれば、それぞれの国に「TSMCと台湾の安定が自国経済に必要だ」と考える利害関係者が生まれる。集中による盾を、複数国へ利害を広げた保険網へ作り替える試みと見ることもできる。ただし将来、研究開発、人材育成、先端パッケージまで海外で自己完結するようになれば、台湾固有の交渉力は低下する。この効果が自動的に続くわけでも、永久に保証されるわけでもない。

反証2 海外工場は高コストで、外交のために株主利益を削るのではないか

「Made with Taiwan」には明確な費用がある。TSMCは海外工場の立ち上げが粗利益率を当初2~3ポイント、後期には3~4ポイント押し下げると見込んでいる。

TSMCの2025年第4四半期決算説明資料では、人件費、建設費、サプライチェーンの成熟度が異なる海外工場の立ち上げが、利益率を押し下げる要因として示された。仮に売上高が同じで粗利益率だけが3ポイント下がれば、売上高1,000億ドル当たりの粗利益は30億ドル減る計算になる。実際の影響額は売上構成や補助金、価格転嫁によって変わるが、供給網の分散にコストがかかることは明らかだ。TSMC 2025年第4四半期決算説明会記録

それでも、地理的な分散には供給停止リスクの低減、顧客との長期契約、政府補助、関税回避といった見返りがある。短期的な製造原価だけを見れば損に映っても、保険料を払って市場アクセスを確保する投資と考えれば合理性はある。最終的な成否は、現地の歩留まり、生産稼働率、補助金依存度、顧客が受け入れられる価格上昇幅で判断する必要がある。

半導体を配れば安全保障上の支援を得られる、とは限らない

半導体投資は外交上の接点を増やすが、軍事支援、正式承認、通商上の優遇を保証する交換券ではない。

受け入れ国は台湾との協力を歓迎しながらも、自国の技術主権や雇用を最大化しようとする。米国が求める国内生産比率が高まれば、TSMCには追加投資や技術移転を求める圧力が続くだろう。EUもChips Act 2.0で域外依存の削減を掲げている。共同生産が成功するほど、将来的には受け入れ国が台湾への依存をさらに減らそうとするという逆説もある。

また、台湾が技術協力を民主主義国中心の「信頼できる供給網」と結び付ければ、中国が政治的な包囲と受け止める可能性は高い。中国市場への輸出、現地拠点、材料調達を抱える台湾企業には、輸出規制、認証、サイバー攻撃、価格競争など別のコストが生じる可能性がある。

したがって、外交上の成果を見るなら、工場数だけでは不十分だ。共同研究、相互投資、供給契約、税制協定、人材交流、台湾海峡の平和を支持する政策声明がどこまで継続するかも確認する必要がある。

日本企業と読者への影響 半導体が近づいても製品がすぐ安くなるとは限らない

日本にとって最大の変化は「半導体を輸入する側」から、台湾企業と一緒に人材・材料・製造工程を育てる側へ移ることだ。ただし、供給安定と低価格は同義ではない。

  • 自動車・産業機器メーカー:熊本やドレスデン型の近距離生産によって、調達期間や地政学リスクを抑えやすくなる。製品認証や需要予測を製造側と早い段階で共有する重要性も増す。
  • 半導体材料・装置企業:台湾企業の海外展開に伴い、現地保守、薬液、ガス、部品、検査装置の需要が広がる。一方で、顧客から海外進出を求められ、投資負担が増える可能性もある。
  • AIサービス事業者:先端ロジックとパッケージの供給拡大は計算資源不足の緩和につながるが、海外生産コストや電力コストがクラウド料金に転嫁される可能性がある。
  • PC・スマートフォン購入者:供給網が分散すれば、有事や災害による品薄への耐性は高まる。ただし、工場建設費が大きいため、半導体価格がすぐに下がるとは限らない。
  • 投資家:売上成長だけを見るのではなく、海外工場の稼働率、粗利益率の希薄化、政府補助金の条件、先端工程とパッケージ能力が台湾にどれだけ残るかも確認する必要がある。

今後の焦点 「どこで作るか」より「何を台湾に残すか」

この戦略の成否を決めるのは海外工場の数ではなく、次世代工程、研究開発、先端パッケージ、人材育成、供給網の意思決定権を台湾が維持できるかどうかだ。

確認すべき指標は五つある。第一に、台湾と海外のウェハー能力比率。第二に、N2、A16、A14など次世代工程の初期量産地。第三に、CoWoSなど先端パッケージの地域別能力。第四に、海外工場の利益率と補助金条件。第五に、投資先政府が台湾との安全保障・通商・研究協力をどこまで制度化するかだ。

「台湾で作る」だけなら、台湾は不可欠な存在である一方、供給集中のリスクにもなる。「台湾と作る」へ進めば、台湾は各国のAI産業をつなぐ運営者という立場を目指せる。前者は希少性を外交カードにし、後者は共同利益を外交基盤にする発想だ。

台湾が目指しているのは、半導体というカードを一度切って利益を得ることではない。各国が台湾抜きでは完成しにくい供給網を共同で築き、外交関係を長期契約に近い構造へ変えることである。

主な参考資料

数値と政策の確認には、企業・政府・国際機関の一次資料を優先し、市場シェアと会場発言については調査会社および報道機関の資料を併用した。

※本記事は2026年9月8日時点の公表資料に基づく。投資額には公的支援、民間投資、計画額が混在し、将来の需要や許認可によって変更される可能性がある。独自計算は公表値を基に小数点以下を丸めている。

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