米プリンストン・プラズマ物理研究所(PPPL)は2026年9月2日、プリンストン大学と共同開発した核融合向けAI制御基盤「PACMAN」の成果を発表した。米国のトカマク型実験装置DIII-Dで検証を行い、制御処理にかかる時間は典型的に約20ミリ秒。ある実験では、プラズマの不安定性を約200ミリ秒前に予測し、発生を回避したという。研究成果は学術誌「Nuclear Fusion」で報告された。[1]
今回の成果で注目したいのは、予測の速さに加え、複数のAIモデルと制御機能を実験装置につなぐ共通基盤を実証したことだ。ただし、あらゆる不安定性を回避できるようになったわけでも、商用発電が実現したわけでもない。20ミリ秒と200ミリ秒がそれぞれ何を意味するのかを整理し、過去の成功例や失敗例と比べると、実用化に向けた課題も見えてくる。
PACMANとは何か――複数のAIを実機の制御につなぐ基盤
PACMANは「Prediction And Control using MAchiNe learning」の略称だ。一つの万能AIがすべてを担うのではなく、計測データの処理、状態の予測、操作の判断、指令の出力をそれぞれ分担するソフトウェア基盤である。公開プレプリントでは、この四つを分離した構成が説明されている。[2]
PPPLが紹介した実験は、以下の五つの用途にわたる。[1]
| 実験の用途 | 実施したこと |
|---|---|
| 加熱の制御 | 強化学習で訓練したAIに加熱系の制御を任せた |
| 周辺部の不安定性予測 | プラズマの端から起きる突発的なエネルギー放出を予測した |
| 高速粒子に起因する波の制御 | プラズマ内部の波を検出し、制御した |
| プラズマ状態の調整 | 密度と回転を研究者が設定した目標へ近づけた |
| テアリングモードの回避 | 特定の不安定性を予測し、発生前に対処した |
ここでいう「五つの実験」を、「五回試して五回成功したので成功率100%」と解釈することはできない。示されているのは用途の広さであり、統計的な信頼性を判断するための試行数や成功率とは別の情報だからだ。
20ミリ秒と200ミリ秒は、何を測った数字なのか
20ミリ秒は制御基盤の典型的な実行時間、200ミリ秒はテアリングモードを予測できた先行時間であり、同じ性能指標ではない。200ミリ秒という数字を、あらゆる種類の不安定性に対する予測能力として捉えることもできない。[1]
テアリングモードとは、プラズマを閉じ込める磁場の構造を乱す不安定性の一種だ。発達すると閉じ込め性能が低下し、プラズマが急激に崩壊する「ディスラプション」につながる場合がある。そのため、発生後に抑えるだけでなく、兆候を捉えて運転条件を変える予防的な制御も研究されている。[3]
なお、20ミリ秒は「プラズマが望ましい状態へ変化し終えるまでの時間」ではない。ソフトウェアが指令を出した後も、装置が動き、その作用がプラズマへ現れるまでに時間がかかる。
独自計算:200ミリ秒の予測で、どれだけ対処する余裕があるか
20ミリ秒ごとに処理できると仮定すれば、1秒あたり50回、200ミリ秒の間には10周期分の時間がある。ただし、これは「10回やり直せる」という意味ではない。
単純に計算すると、1,000÷20=50回/秒、200÷20=10周期となる。これは発表された数字から求めた換算値で、すべての実験に共通する実測制御周期ではない。また、更新のたびに新しい情報が得られるとは限らず、同じ予測が繰り返される可能性もある。
実際にどれだけ対処する余裕があるかを考えるには、予測の先行時間から必要な遅延を差し引かなければならない。本記事では、仕組みを理解しやすくするため、次の簡略式を使う。
対処余裕=予測の先行時間-制御処理時間-その他の遅延
| 予測の先行時間 | 制御処理時間 | その他の遅延(仮定) | 残る対処余裕 |
|---|---|---|---|
| 200ミリ秒 | 20ミリ秒 | 30ミリ秒 | 150ミリ秒 |
| 200ミリ秒 | 20ミリ秒 | 100ミリ秒 | 80ミリ秒 |
| 200ミリ秒 | 20ミリ秒 | 180ミリ秒 | 0ミリ秒 |
注:本表は独自の仮定計算で、PACMANの実測遅延ではない。「その他」には、制御処理時間に含まれない計測・通信・装置応答・プラズマ応答などを想定した。各時間が重ならず、予測の起点から順番に発生する簡略モデルである。実機では時間の定義をそろえ、二重計上を避ける必要がある。
この試算から分かるのは、同じ「200ミリ秒前の予測」でも、装置側の応答時間によって実際に使える余裕が大きく変わることだ。時間が残っていても、操作による効果が不十分なら回避できない。予測モデルだけでなく、装置側の応答も含めて評価する必要がある。
過去・競合比較:300ミリ秒前の予測は2024年にも報告
PACMANの200ミリ秒を「核融合AIで初めて実現した予測」や「最長の予測時間」と位置づけるのは適切ではない。プリンストン大学は2024年、DIII-Dでテアリング不安定性を最大300ミリ秒前に予測する研究を紹介していた。[4]
| 研究・取り組み | 装置・対象 | 主な成果・目的 | PACMANとの比較点 |
|---|---|---|---|
| DeepMind・EPFL(2022年) | TCVの磁気制御 | 深層強化学習でプラズマの形状や位置を制御 | 実機でのAI制御という先行成果。予測時間を競う研究ではない |
| プリンストン大学など(2024年) | DIII-Dのテアリング不安定性 | 最大300ミリ秒前の予測と回避制御を報告 | 特定の不安定性に対する予防制御の先行例 |
| Google DeepMind・CFS(2025年発表) | SPARCに向けた開発 | TORAXによるシミュレーション、運転条件の最適化、強化学習制御を共同研究 | 開発計画・仮想実験と、DIII-Dでの実証を分けて評価する必要がある |
| PACMAN(2026年発表) | DIII-Dの複数の制御用途 | 典型的な実行時間約20ミリ秒、特定実験で約200ミリ秒前の予測 | 異なるモデルと制御機能を共通基盤に接続した点が焦点 |
出典:DeepMindの2022年発表[5]、プリンストン大学の2024年発表[4]、DeepMind・CFSの共同研究発表[6]、PPPLのPACMAN発表[1]。
300ミリ秒と200ミリ秒という数字だけを比べて、「新しい研究の性能が下がった」と判断することもできない。予測対象や運転条件、警報の基準、利用できる操作手段がそろっていないためだ。見るべきなのは予測時間の長さだけではない。その予測を、どこまで安定した実機運転につなげられるかも問われる。
反証:予測が当たっても、不安定性を回避できないことがある
2024年のNature論文には、予測できることと回避できることの違いを示す事例がある。事後解析では、モデルはディスラプションの300ミリ秒前に不安定性を予測できていた。しかし、制御器が加熱ビームの出力をさらに下げようとした時点で、すでに設定された下限に達しており、回避できなかった。[3]
早い段階で予測できても、装置に「まだ変更できる余地」が残っていなければ、危険を避けられるとは限らない。これはPACMAN自体の失敗例ではなく、先行研究から得られる評価上の教訓だ。
車に例えると分かりやすい。前方の危険に早く気づいても、すでにブレーキの限界に達し、進路を変える余地もなければ対処は難しい。核融合の制御でも、何ミリ秒先を予測できたかと、出力や照射位置などをどこまで変更できるかは、併せて考えなければならない。
本記事では、今後の評価項目に「予測した時点で残っていた操作可能幅」を加える価値があると考える。同じ予測精度でも、操作の余地を残したまま運転できる制御器と、早い段階で上下限に張り付く制御器では、異常時の対応力が異なる可能性があるためだ。
独自分析:AI同士の指令が衝突したとき、どうするのか
複数のAIを接続できても、それぞれが出す指令を常に最適な形で調停できるとは限らない。両者は分けて評価する必要がある。
PACMANの公開プレプリント第1版では、制御器の指令が衝突した場合、その指令を出力せず運転者へ通知する設計が説明されている。入力に異常があるときには、制御器が指令を計算しない仕組みもある。その一方で、著者らは「何もしないこと」自体が危険になる場合も認めている。これは2025年11月公開版の記述であり、最終刊行版と細部まで一致しているかは未確認だ。[2]
この設計を考えるため、例えば、一方の制御器が性能を高める目的で加熱を増やそうとし、もう一方が不安定性の兆候を検知して加熱を減らそうとする場面を想定してみる。二つの指令を単純に平均すると、どちらの目的も十分に満たせないおそれがある。かといって指令そのものを止めても、その後に状態が悪化する可能性は残る。
共通基盤を今後評価するうえでは、衝突を検出できるかだけでなく、どの目標を優先するのか、どの状態になったら運転継続や出力低下へ切り替えるのかまで検証できるかが焦点になる。これは本記事による分析であり、PACMANに未公表の機能がすでに実装されているとするものではない。
同プレプリントには、サブミリ秒で進展する垂直変位事象などの制御にはPACMANが適さないとも記されている。約20ミリ秒で動くAIがあっても、装置全体の高速保護をすべて任せられるわけではない。[2]
読者への影響――電気料金より先に変わり得る研究開発
今回の発表だけでは、商用発電がいつ始まるのか、電気料金がどの程度下がるのかを算出することはできない。米エネルギー省の核融合ロードマップでは、プラズマ制御のほかにも、構造材料、排熱、燃料循環・トリチウム処理、ブランケット、発電所全体の統合などが課題として整理されている。[7]
より近い将来に影響が表れそうなのは、研究開発の進め方だ。共通基盤が使いやすくなれば、新しい予測モデルを実機で試す際の接続作業を減らせる可能性がある。ただし、PACMANによって開発工数が何%削減されたのかは、今回確認した資料からは分からない。
AIやソフトウェアに関心がある読者にとっても、精度の高いモデルを作るだけでは足りず、計測値の扱い、処理期限、操作上の制約、異常時の挙動まで含めて設計する必要性が分かる事例だ。日本の研究機関や企業での具体的な採用状況や導入効果については、別途確認する必要がある。
今後の続報を見る際は、本記事で整理した次の項目を併せて確認すると、実用化がどこまで進んだのかを判断しやすい。
| 確認する項目 | 判断したいこと |
|---|---|
| 試行数と条件別の回避率 | 成功例がどの範囲で再現されるか |
| 誤警報と見逃し | 不要な介入と危険の見落としを両方抑えられるか |
| 処理時間の分布と期限超過 | 平均的に速いだけでなく、必要な場面で間に合うか |
| 装置応答と操作可能幅 | 予測後に実効性のある操作が残っているか |
| 同条件での性能と安定性 | 出力を大きく落とすことに依存せず、安定運転できるか |
| 指令衝突・計測異常時の挙動 | 通常時以外にも適切な制御へ移れるか |
| 別装置や未学習条件での検証 | 特定の装置・運転条件を超えて利用できるか |
PACMANは、核融合の予測と制御を共通の仕組みで扱うための前進と評価できる。ただ、その価値を見極めるには、20ミリ秒という処理速度や200ミリ秒という先行時間だけでは足りない。実際にどれだけ操作の余地が残っているのか、異常時も含めてどのような運転結果になるのかまで確認する必要がある。
主な参考情報と検証範囲
発表で確認できた事実、プレプリントに書かれた設計、本記事による仮定計算・分析を分けて記載した。検索調査は2026年9月6日(UTC)時点。
独自要素として、対処余裕の仮定計算、先行研究の失敗と操作可能幅を結びつけた分析、指令衝突時の動作から整理した評価課題、続報を判断するための比較項目を加えた。
- PPPL:PACMANの公式発表(2026年9月2日)
- Rothsteinほか:Enabling Integrated AI Control on DIII-D(公開プレプリント第1版)。刊行論文のDOI:10.1088/1741-4326/ae7f9d。技術的な細部は閲覧できたプレプリントに基づく。
- Seoほか:Avoiding fusion plasma tearing instability with deep reinforcement learning(Nature、2024年)
- プリンストン大学:Engineers use AI to wrangle fusion power for the grid(2024年2月21日)
- DeepMind:Accelerating fusion science through learned plasma control(初出2022年2月16日)
- Google DeepMind:Bringing AI to the next generation of fusion energy(2025年10月16日)
- 米エネルギー省:Fusion Science and Technology Roadmap



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