韓国、外国向け技術スパイを新たに処罰 半導体・AI流出対策が9月13日施行

韓国では2026年9月13日、外国などのために国家機密を集めたり、渡したりする行為を処罰する改正刑法が施行されました。

最大の変化は、北朝鮮以外が関わる技術流出にも、刑法上のスパイ罪を適用できるようになったことです。

今回の改正では、半導体やAIなどの技術流出が強く意識されています。ただし、海外への技術流出がすべてスパイ罪になるわけではありません。

要点内容
施行日2026年9月13日
新しい条文韓国刑法98条の2「外国などのためのスパイ」
対象外国またはこれに準じる団体のために行う行為
対象情報国家機密
処罰対象の行為探知、収集、漏えい、伝達、仲介、ほう助
法定刑3年以上の有期懲役

韓国のスパイ罪は9月13日に何が変わったのか

従来の刑法では、スパイ罪の相手は事実上、北朝鮮に限られていました。

旧制度では、「敵国」のために行うスパイ活動が主な対象でした。そのため、外国政府や海外組織が関わる事件では、産業技術保護法や営業秘密に関する法律を使う必要がありました。

改正刑法では98条の2が新設されました。外国またはこれに準じる団体から指示や働きかけを受けるなどし、国家機密を探知・収集・漏えい・伝達・仲介した場合などを処罰します。

韓国国会は2026年2月26日に改正案を可決しました。3月12日の公布から6カ月の準備期間を経て、9月13日に施行されました。

「外国に技術を渡したら即スパイ罪」ではない

新罪が成立するには、少なくとも「国家機密」「外国側との連絡」「対象行為」という3つの条件を満たす必要があります。

関門裁判で争点になり得る内容
国家機密単なる社内情報ではなく、韓国の安全に関わる秘密か
外国側との関係外国などの指示、働きかけ、意思の連絡があったか
対象行為探知、収集、漏えい、伝達、仲介、ほう助に当たるか

一般的な海外転職や、正式な共同研究まで禁止する法律ではありません。半導体やAIの情報でも、それだけで自動的に国家機密になるわけではありません。

新条文では、実際に情報を渡した行為だけが対象ではありません。情報を探したり集めたりすることや、受け渡しを仲介する行為も含まれます。

そのため、流出後に処罰するだけでなく、流出前の段階でも捜査しやすくなる点が大きな変化です。

従来の産業技術保護法とは何が違うのか

新しいスパイ罪は、既存の技術流出法に置き換わるものではありません。

産業技術保護法は、国が指定した国家核心技術や産業技術を守る制度です。これに対して、新しい刑法は「国家機密」と外国側との関係を軸にしています。

制度主な対象刑の目安特徴
旧来のスパイ罪敵国のための国家機密死刑、無期または7年以上実務上は北朝鮮関連が中心
新しい刑法98条の2外国などのための国家機密3年以上の有期懲役指示や連絡、国家機密性の立証が必要
産業技術保護法国家核心技術・産業技術海外流出は最高15年など指定技術と法律上の流出行為が中心
営業秘密保護の制度秘密管理された事業情報行為類型により異なる企業の営業秘密を広く保護

同じ事件でも、事実関係によって複数の法律が検討されます。最終的にどの罪が成立するかは、捜査と裁判によって決まります。

なぜ半導体・AIの流出対策が急がれたのか

韓国では技術流出事件が増えており、被害は大企業だけでなく中小企業にも広がっています。

韓国警察が扱った技術流出犯罪は、2021年の89件から2025年には179件へ増えました。4年間で90件増加し、増加率は約101%です。

2025年に起きた事件の86%は、中小企業に関係していました。179件に同じ割合を当てはめると、約154件に相当します。

中小企業は、大企業より専任の法務・情報管理部門が小さい傾向があります。攻撃する側から見れば、供給網に入り込む弱い入口になり得ます。

韓国国家情報院によると、2024年までの5年間に確認された海外流出の試みは97件でした。そのうち40件、約41.2%が半導体関連です。

未遂を含む潜在損失は、合計約23兆ウォンと推計されました。単純平均すると、1件当たり約2,371億ウォンです。

これは実際に確定した損害額ではありません。それでも、技術情報は一度渡ると回収しにくく、長期間にわたって競争力に影響する可能性があります。

SamsungのDRAM技術流出事件が示した穴

今回の改正前は、外国企業への技術移転が疑われても、刑法上のスパイ罪を直接適用しにくい問題がありました。

代表例が、Samsung Electronicsの18ナノDRAM技術を中国のCXMTへ移したとされる事件です。

韓国当局は2025年、Samsungの元社員5人を起訴しました。検察は、対象技術の開発に約5年と1兆6,000億ウォンが投じられたとみています。

中心人物とされた元社員は、2026年4月の一審で懲役7年を言い渡されました。ただし、判決が確定するまでは、法的に結論が出たとはいえません。

新法は、9月13日より前に完了した行為へさかのぼって適用できません。過去の事件が自動的にスパイ事件へ変わるわけではありません。

Samsung・SK hynixとCXMTの競争を数字で見る

技術保護が重視される背景には、中国DRAM企業が急速にシェアを伸ばしていることがあります。

TrendForceの2026年第2四半期データでは、DRAM売上高シェアはSamsungが39.4%、SK hynixが24.9%でした。両社を合わせると64.3%です。

CXMTは第1四半期の7.6%から、第2四半期には9.5%へ伸びました。上昇幅は1.9ポイントで、相対的な伸び率は25%です。

企業2026年4〜6月期のDRAM売上高シェア位置付け
Samsung Electronics39.4%首位
SK hynix24.9%韓国の大手
CXMT9.5%中国勢の有力企業

韓国2社の合計シェアは、CXMTの約6.8倍です。それでも、CXMTは1四半期で差を縮めています。

ただし、中国企業の成長を技術流出だけで説明するのは適切ではありません。巨額の投資や人材採用、国内需要、政策支援なども大きく影響します。

米国・台湾と比べて韓国の制度は厳しいのか

技術流出を安全保障上の問題として扱っているのは、韓国だけではありません。

国・地域主な制度個人への主な懲役制度の軸
韓国刑法98条の23年以上の有期懲役国家機密と外国側の指示・連絡
韓国産業技術保護法海外流出は最高15年など国家核心技術・産業技術
米国経済スパイ法1831条最高15年外国政府などを利する営業秘密窃取
台湾国家安全法核心技術では5〜12年国家核心重要技術の営業秘密

韓国の新罪では、最低刑が3年と定められています。ただし、条文上は国家機密に当たることや、外国側との意思連絡があったことを立証する必要があります。

台湾では2026年4月、TSMCの先端技術に関する事件で、元社員に最長10年の刑が言い渡されました。制度を作るだけでなく、実際の適用も進んでいる例です。

上限の年数だけを比べても、制度の強さは判断できません。捜査能力や証拠の確保、裁判所の解釈も結果を左右します。

新法でも技術流出を止め切れない3つの理由

改正法は大きな一歩ですが、条文を増やしただけで技術流出を止められるわけではありません。

第一に、「国家機密」に当たるかどうかが争点になります。価値の高い企業秘密でも、国家の安全に関わる秘密と認められなければ、新罪の適用は難しくなります。

第二に、外国側からの指示や意思の連絡を示す証拠が必要です。口頭での依頼や海外の仲介会社を使った採用では、関係を追いにくい場合があります。

第三に、「外国またはこれに準じる団体」に外国企業がどこまで含まれるのか、今後の解釈が重要になります。

2026年8月には、対象に「外国企業」を明記し、最低刑を10年へ引き上げる追加改正案も提出されました。これは9月13日に施行された法律とは別の法案で、現時点では成立していません。

処罰の対象を広げすぎると、正常な共同研究や人材移動を萎縮させる恐れもあります。中国政府も、企業の正常な投資や事業活動を守るべきだと反応しました。

独自分析:本当の効果は「量刑」より証拠管理に出る

新法の短期的な効果は、重い判決が増えることより、企業の情報管理が変わる形で表れそうです。

捜査側は、対象となる情報が国家機密だったことに加え、外国側との連絡があったことも示す必要があります。企業側も、どの情報を重要なものとして管理していたかを説明できなければなりません。

そのため、情報の分類や閲覧記録、持ち出し承認、退職時の端末確認がこれまで以上に重要になります。

特に生成AIは、新たな流出経路になり得ます。設計情報やソースコードを外部AIへ入力すると、従来のUSBメモリーとは異なり、短時間で国外のクラウドへ送られる場合があります。

ただし、生成AIへ入力しただけで新しいスパイ罪が成立するとは限りません。情報の性質や送信先、外国側との連絡、本人の認識を個別に確認する必要があります。

日本企業や利用者にはどんな影響があるのか

韓国企業と共同開発する日本企業は、受け取る情報の範囲と保存先を、これまで以上に明確にする必要があります。

特に注意したいのは、韓国拠点との共同研究、半導体装置の保守、AIモデルの学習、クラウドを使った設計共有です。

  • 契約書で共有できる情報と目的を決める
  • 国家核心技術や国家機密に関わる可能性を確認する
  • 必要な担当者だけにアクセス権を与える
  • 個人メールや私物クラウドへの保存を防ぐ
  • 生成AIへ入力できない情報を具体的に示す
  • 退職者や委託先の権限をすぐ停止する
  • 誰が、いつ、何を取得したか記録を残す

一般の旅行者や通常の企業取引に、すぐ大きな影響が出る法律ではありません。海外企業との正当な連携と、秘密の不正取得は分けて考える必要があります。

今後は最初の起訴と裁判所の判断が焦点

新法の実効性は、最初の適用事件で「国家機密」と「外国企業」の範囲がどう判断されるかによって見えてきます。

今後確認したい指標は、適用事件数、起訴率、有罪率、実刑期間です。従来の技術流出法と併用される割合も重要になります。

韓国は、半導体・AIの流出を企業だけの損失と考えず、国の安全保障に関わる問題として扱う方向へ踏み出しました。

ただし、厳罰化によって正常な研究交流まで妨げられれば、競争力を下げる逆効果もあり得ます。技術を守りながら国際協力を続けられる線引きが、次の課題です。

まとめ

9月13日の改正は、外国が関わる国家機密の流出をスパイ罪として扱えるようにした制度転換です。

技術流出事件は、2021年から2025年にかけて約2倍へ増えました。半導体では中国勢のシェア拡大も続いており、韓国が対策を急ぐ背景があります。

ただし、すべての海外流出が新罪になるわけではありません。国家機密性、外国側との連絡、具体的な行為を立証する必要があります。

今後の焦点は、法律そのものの重さより、実際にどう運用されるかです。最初の起訴と判決が、半導体・AIの情報管理や国際共同研究の実務に影響する可能性があります。

出典・参考資料

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