土星の南極を囲むように、10本の辺を持つ巨大な波が現れた。2026年9月2日、Agustín Sánchez-Lavega氏らの国際研究チームが査読誌「Science Advances」で報告した。2023~2025年のハッブル宇宙望遠鏡の画像と地上観測を解析した成果だ。
「十角形」は南極点に浮かぶ固体でも、10個の嵐が並んだ構造でもない。南緯約58~63度の高速ジェットが10回蛇行して作る、波数10の大気波である。
北極の六角形と似て見えるものの、南極の十角形は緯度が低く、全体の直径が大きい。模様が東へ移動し、観測のたびに形も変わる点も異なる。北極の六角形は少なくとも45年間ほぼ同じ位置を保ってきたが、南極の十角形は2023年の画像で初めて確認され、形成の途中にある可能性が高い。
今回の発見を3行で
- 南緯約58~63度で、ジェット気流が10回蛇行する「十角形」を確認した
- ジェットは秒速116m、十角形の模様は秒速2.5mで東へ移動する
- 近くの高気圧性渦が波を励起した説と、ジェット自体の不安定性から生じた説が残る
十角形の正体は「南極の巨大台風」ではなく、南緯60度を回る波
研究チームが見つけたのは、雲の明暗で可視化されたジェット気流の蛇行であり、南極点にある渦そのものではない。
論文によると、十角形は惑星面緯度で約58~63度南に分布し、中心は南緯60.5度付近にある。土星を真上から見た極投影図に変換すると、ジェットが10個の頂点を持つ形として現れる。1本の線で囲まれた硬い正十角形ではなく、幅を持った大気の帯が緩やかに折れ曲がっている。
2025年8月29日にハッブルの広視野カメラ3(WFC3)で撮影された画像では、波長763nmの赤色光に近い画像で10本の辺が特にはっきり見えた。別の波長では輪郭の緯度が少しずれる。研究チームは、このずれを異なる高度の大気を見ているためと解釈した。十角形は雲頂だけの薄い模様ではなく、複数の高度にまたがる立体的な波らしい。
中央の南極渦と、十角形のすぐ北側にある直径約4,000kmの暗い高気圧性渦も区別する必要がある。後者は論文中で「Red Spot」と呼ばれ、十角形を生んだ候補の一つに挙げられた。木星の大赤斑と同一の現象だと確認されたわけではない。
発見の起点はアマチュア観測、ハッブル画像の再解析で2023年まで遡った
ハッブルだけで偶然見つけた発見ではなく、地上の観測者が異変に気づき、宇宙望遠鏡の過去画像で確かめる順序だった。
バスク大学が運営する惑星画像データベース「PVOL」には、世界各地の観測者が撮影した画像が集められている。Sánchez-Lavega氏とアマチュア天文家のTrevor Barry氏、Jean-Paul Oger氏は、2024年の画像に南極を取り囲む暗い波状の帯を見つけた。2025年の地上画像では十角形らしさが増し、ハッブルの高解像度画像が形を裏付けた。発見までの経緯はNASAの発表でも確認できる。
その後、NASAの外惑星大気レガシー計画「OPAL」で毎年撮られていた画像を調べ直すと、2023年にも淡い頂点と直線状の辺が写っていた。2023年と2024年は明暗差が弱く、2025年に輪郭が明瞭になったため、論文は「進化中の現象」と位置づけている。
過去の空白も意味を持つ。ハッブルでは1990年から南側の対応物が探され、土星を周回した探査機カッシーニも2004~2017年に南半球を詳しく観測したが、長寿命の十角形は見つからなかった。一方、2012年ごろから2023年までは南極側が地球から見えにくかった。したがって、形成時期を「2023年」と断定することはできない。現時点で絞れるのは、2017年のカッシーニ観測後から2023年のハッブル観測までという幅のある期間だ。
北極の六角形との違いは、辺の数より緯度・移動速度・寿命にある
北極の六角形は土星の自転にほぼ固定された長寿命の波だが、南極の十角形は低緯度を東へ進み、頂点も32日周期で揺れている。
| 比較項目 | 南極側の十角形 | 北極側の六角形 |
|---|---|---|
| 辺・波の数 | 10(波数10) | 6(波数6) |
| 位置 | 南緯約58~63度、中心は約60.5度 | 北緯約78度 |
| ジェットの速さ | 秒速116m(時速約418km) | 秒速約100~120m(時速約360~432km) |
| 模様の動き | 土星内部の基準に対して東へ秒速2.5m | ほぼ静止し、自転基準とほぼ同期 |
| 形の変化 | 頂点が32日周期、経度4.6~8.4度の振幅で往復 | 季節や周辺の嵐を受けても形と周期は安定 |
| 確認された期間 | 2023年以降。現在も発達中の可能性 | 1980~1981年のボイジャー画像以降、少なくとも45年 |
| おおよその規模 | 1辺は1万6,700km超。緯度から見積もる横幅は約5万9,000km | 全体の幅は約3万km |
| 鉛直方向 | 複数波長で異なる高度に痕跡 | 雲頂から約300km上の成層圏にも六角形の温度境界 |
風速そのものは南北で同じ桁に収まる。差が大きいのは、ジェットの位置と波の振る舞いだ。北極の六角形はより極に近い狭い円周上にあり、2008~2014年の解析では頂点の回転周期が10時間39分23.01秒だった。土星内部の回転を表すSystem IIIに近く、地表の目印がない土星で自転周期を探る手掛かりにもなってきた。
南側では十角形の帯そのものがより低緯度にあるため、囲む範囲が大きい。「南極に六角形の代わりに十角形ができた」という単純な鏡像関係ではない。
独自計算1:十角形の直径は地球約4.7個分、平均的な1辺は約1万8,300km
土星を球とみなす簡易計算では、南緯60.5度の十角形は直径約5万9,000kmに達し、地球の赤道直径の約4.7倍になる。
NASAが示す土星の赤道直径約12万500kmと、論文の中心緯度60.5度を使う。緯度円の半径は次の式で約2万9,700kmとなる。
60,250km × cos(60.5°) ≒ 29,700km
この円に正十角形が内接すると仮定すると、向かい合う頂点の距離は約5万9,300km、1辺は約1万8,300kmになる。論文紹介で示された「1辺が1万6,700kmを超える」という規模と同じ範囲だ。地球の赤道直径1万2,756kmで割ると、横幅は約4.65個分になる。
土星は赤道方向に膨らんだ回転楕円体で、十角形も正多角形ではない。上の数字は実測面積ではなく、規模をつかむための球面近似である。それでも、北極の六角形の幅約3万kmに対し、南側が「低緯度にあるため約2倍広い」という違いは見える。
独自計算2:ガスは約19日、十角形の模様は約2.4年で一周する
同じ緯度を流れるガスは十角形の模様より46.4倍速く、模様と物質が別物であることが数値でも分かる。
南緯60.5度の円周を球面近似すると約18万6,000kmになる。ジェットの秒速116mで割ると、ガスが一周する時間は約18.6日だ。一方、十角形の東向き移動は秒速2.5mなので、一周には約863日、約2.36年かかる。
116m/s ÷ 2.5m/s = 46.4倍
高速道路の渋滞を思い浮かべると理解しやすい。車は列の中を進んでいくが、渋滞の末尾は車よりずっと遅く移動する。十角形も同じで、アンモニアを含む雲の粒が一つの巨大な輪として回っているのではない。高速で流れる大気の中に、蛇行の形が波として残っている。
独自計算3:32日周期の揺れは土星の約72日分、頂点は最大4,350km動く
頂点の経度振幅4.6~8.4度を距離に直すと約2,400~4,350kmに相当し、「整った十角形」に見えても形は大きく脈動している。
十角形の頂点は、平均的な東向き移動に重なって32日周期で前後する。円周約18万6,000kmに対する角度として換算すると、4.6度は約2,380km、8.4度は約4,350kmだ。地球では国をまたぐほどの距離を、頂点が往復していることになる。
土星の1日は約10.7時間なので、32地球日は土星の自転約72回分に当たる。数十回の自転をまたぐ規則的な振動は、1枚の画像に偶然できた雲の並びだけでは説明しにくい。複数年、複数波長、複数の観測拠点で追う意義がここにある。
なぜ10本の辺ができたのか、二つの有力説と季節説が競う
浅水系モデルは十角形を作れる条件を示したが、観測された形を完全には再現しておらず、形成原因は決着していない。
ジェット自体の周期的な乱れが波数10を選んだ説
高速ジェットの頂点に一定間隔の乱れが入ると、蛇行が成長して10個の山と谷を持つ波になり得る。
研究チームは、大気の厚みを簡略化した浅水系モデルでジェットを再現した。その結果、ジェットの最大風速域へ空間的に周期を持つ擾乱を与えると、十角形に近い波が成長した。緯度による風速差とジェットの曲率が、波を南北方向に閉じ込める役割を果たす。
この種類の大規模な惑星波は、地球の偏西風の蛇行にも関係するロスビー波として説明できる。ただし、土星には大陸や海、山脈がなく、約10.7時間で自転する。地球より均質で高速回転する環境が、規則的な多角形を保ちやすくしている。
北側の直径約4,000kmの高気圧性渦がジェットを押した説
十角形は暗い渦に近い側で鮮明になり、反対側で弱まるため、隣の渦が波を励起している可能性がある。
ジェットのすぐ北には、直径約4,000kmの高気圧性渦がある。シミュレーションでは、この渦がジェットへ作用する条件でも十角形に似た蛇行が生じた。局所的な観測の濃淡とも整合する。
ただし、因果関係はまだ確定していない。北極の六角形が発見された1980年代にも、近くに長さ約1万1,000kmの北極斑があり、波の発生源と考えられた。その渦は後に消えたが、六角形は残った。隣接する渦は「きっかけ」にはなっても、長期維持に必須とは限らない。
南半球の春が引き金になった説は、時期が合うだけで証拠は足りない
日射が増える時期と十角形の出現は重なるが、季節変化だけで波数10が選ばれたとは証明されていない。
土星の公転周期は約29.4年で、1季節は平均約7.4年に及ぶ。2025年の春分を過ぎた南半球は春から夏へ向かい、南極への日射も増えている。2023~2025年に十角形の明暗差が強まった時期とは合う。
一方、北極の六角形は冬の暗闇でも消えず、日射条件が変わっても周期とジェット構造をほぼ保った。南極の十角形についても、日射が雲の見え方を変えただけなのか、ジェットの力学を変えて形成を促したのかを分けて調べる必要がある。南半球が夏至へ近づく2032年ごろまでの追跡が検証期間になる。
「本当に新しくできた」「完全な正十角形」という見方には留保が要る
十角形の存在を支持する証拠は重なっているが、誕生年、正確な形、寿命、発生原因はまだ観測で確定していない。
| 疑問・反証 | 現在の証拠 | 妥当な判断 |
|---|---|---|
| 画像処理で生じた模様ではないか | 地上とハッブル、複数年、複数波長で対応する波を確認 | 単一画像の処理痕である可能性は低い |
| 2023年に誕生したのか | 2017年まで未確認、2023年に淡い形を確認。間は観測しにくい | 形成時期は2017~2023年のどこか。2023年断定はできない |
| 完全な正十角形なのか | 頂点は経度方向へ周期的に揺れ、輪郭の強さも場所で異なる | 「波数10の変形するジェット」が正確 |
| 近くの渦が原因なのか | 位置関係とモデルは支持するが、モデルは形を完全再現できない | 有力仮説の一つにとどまる |
| 北極の六角形より強大なのか | 囲む範囲と1辺は大きいが、安定性は低く、エネルギー量は未提示 | 「大きい」を「強い」「長寿命」と読み替えない |
土星南極の画像解釈が後に修正された前例もある。2006年、カッシーニは直径約8,000km、周囲の風速が時速約550kmに達する南極渦を撮影した。当初は地球のハリケーンに似た厚い「眼壁」の雲と説明されたが、2020年のIcarus論文は放射伝達計算を基に、影は厚い壁ではなくエアロゾル層の光学的な段差で説明できると反論した。
今回の十角形は、時間変化と波長差、風速測定、数値モデルまで組み合わせている。それでも、見た目の形から力学構造を断定しない慎重さは同じく必要だ。
木星の多角形は「渦の配置」、土星の十角形は「1本のジェットの蛇行」
太陽系には別の多角形もあるが、木星は複数の独立したサイクロンが並び、土星は連続するジェットが折れ曲がるため、仕組みは同じではない。
| 天体・現象 | 多角形を作るもの | 形と特徴 |
|---|---|---|
| 土星・南極周辺 | 1本の東向きジェットに乗る大気波 | 十角形。形が成長・振動し、東へ移動 |
| 土星・北極周辺 | 1本の東向きジェットに乗る大気波 | 六角形。少なくとも46年間ほぼ安定 |
| 木星・北極 | 中央の1個を囲む8個の巨大サイクロン | 渦の中心が八角形状に並ぶ |
| 木星・南極 | 中央渦を囲む複数の巨大サイクロン | 当初は5個の五角形状、2019年に6個の六角形状へ変化 |
| 地球のジェット気流 | 大気中のロスビー波 | 蛇行するが、固定した規則的多角形にはなりにくい |
木星の極では、サイクロン同士が押し合って平衡位置の周りを振動する。土星の多角形は、帯状に一続きのジェットの形である。見た目だけを「六角形」「八角形」と数えても、物理的な比較にはならない。
北極六角形の別の形成モデルとして、深部の回転対流が巨大な渦を自己組織化し、その渦が高速ジェットを横から押して多角形にする3次元シミュレーションも2020年に報告された。南側で近接渦説が検討されていることは、このモデルと発想が重なる。ただし、今回の論文が用いたのは大気を薄い層として扱う浅水系モデルで、深部対流まで直接再現したものではない。
発見の価値は、同じ惑星で「安定した波」と「生まれつつある波」を比較できること
土星の南北は重力・自転・主成分が共通するため、六角形と十角形の差を生む大気条件を切り分ける自然実験になる。
これまで北極の六角形しか比較対象がなく、「なぜ六角形なのか」「なぜ数十年も保つのか」を一つの完成形から推定するしかなかった。南極の十角形は、辺数、緯度、背景風、近接渦、季節、安定性が異なる。形成途中を追えれば、多角形になる条件だけでなく、どの波数が選ばれ、いつ崩れるかも検証できる。
今回の発見で変わるのは、「土星には恒久的な六角形が一つある」という静的な見方だ。少なくとも土星のジェットには、条件がそろうと別の緯度・別の波数で多角形へ遷移する能力がある。北極の六角形を例外的な古代の遺物として扱うより、複数の安定状態の一つと捉える方が、南北を同じ物理で説明しやすくなる。
系外惑星の大気観測にも示唆がある。遠い巨大惑星は一時点の明るさやスペクトルで推定することが多いが、土星では数年の間に地球数個分の大気パターンが鮮明になった。巨大惑星の大気は、同じ自転速度と組成でも観測時期によって異なる状態を示し得る。
読者への影響:地球への危険はなく、2032年ごろまでが変化を追う好機になる
十角形が地球環境へ影響することはないが、教科書的だった「南極には多角形がない」という説明は更新が必要になった。
十角形は土星の大気中で起きている現象で、地球へ危険を及ぼすことはない。実用面で直ちに生活が変わる発見でもない。影響を受けるのは、巨大惑星の気象モデル、土星の季節変化の理解、系外惑星の大気を読む前提である。
観測面では、南半球が2032年ごろの夏至へ向かうにつれて南極側が見やすくなる。ハッブルに加え、異なる高度や温度を測れるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡、地上の大型望遠鏡が十角形を追う予定だ。輪郭が六角形のように安定するのか、波数が変わるのか、数年で崩れるのかが次の焦点になる。
今回、最初の異変を拾ったのは地上の観測ネットワークだった。個人の望遠鏡で1枚撮れば十角形が見えるわけではないが、多数の動画フレームを重ね、土星の自転を補正し、極投影図に変換した高品質な画像は研究データになり得る。長期間を途切れず監視する役割は、宇宙望遠鏡だけでは埋められない。
次の観測で判定すべき三つの変化
十角形が本当に北極六角形の「同類」になるかは、移動速度、波の振幅、近接渦との連動を数年追わなければ判断できない。
- 東向き移動が止まるか:秒速2.5mの移動が弱まり、土星の自転基準へ固定されれば、北極型の安定状態へ近づいた証拠になる。
- 32日周期の揺れが小さくなるか:頂点の振幅が減れば正多角形に近づき、増えれば崩壊や波数変化の前触れになり得る。
- 直径約4,000kmの渦と同時に変わるか:渦の強さや位置と十角形の濃淡が連動すれば、近接渦が波を駆動する説が強まる。渦が消えても十角形が残れば、ジェット内部の不安定性や深部構造の比重が上がる。
北極の六角形は、見つかった時点ですでに完成していた。南極の十角形は、形成から安定化、あるいは消滅までを観測できるかもしれない。発見の大きさは「辺が4本増えた」ことではなく、土星が多角形の大気波を作る過程を初めて時間軸で検証できる点にある。
出典・参考資料
数値と発見内容は原著論文およびNASA・ESAの発表を優先し、比較と反証には査読論文と探査機の公式資料を用いた。
- Science Advances「A decagon wave around Saturn’s south pole」
- NASA「NASA’s Hubble Tracks New Decagon Encircling Saturn’s South Pole」
- ESA/Hubble「Hubble tracks new decagon encircling Saturn’s south pole」
- NASA「Decagon on Saturn’s South Pole (Single Filter)」
- NASA「Saturn’s Hexagon in Motion」
- Journal of Geophysical Research「Dynamics of Saturn’s polar regions」
- Nature Communications「A hexagon in Saturn’s northern stratosphere」
- NASA/JPL「NASA Sees into the Eye of a Monster Storm on Saturn」
- Icarus「Interpretation of shadows and antishadows on Saturn and the evidence against south polar eyewalls」
- PNAS「Deep rotating convection generates the polar hexagon on Saturn」
- NASA/JPL「NASA Juno Finds Jupiter’s Jet-Streams Are Unearthly」
- NASA「NASA’s Juno Navigators Enable Jupiter Cyclone Discovery」
- NASA「Saturn: Facts」
- NASA「Facts About Earth」
- AP「Scientists find a huge 10-sided wave pattern swirling in the clouds over Saturn’s south pole」



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